長州関連の気になる書籍などを紹介します。

 

吉田松陰「留魂録」外伝 「遥かなり三宅島」


永冨明郎(ながとみあきお)
山口県宇部市出身


沼崎吉五郎(ぬまざききちごろう)という男が、小伝馬牢の獄中で吉田松陰から託された遺書「留魂録」を神奈川権県令(副知事)の野村靖(和作:入江九一の弟)に手渡すところから始まります。
大河ドラマ「花神」で、この沼崎という男が出てきて、松陰から「留魂録」を手渡されるシーンがあったのを思い出しました。
文章も読みやすく、この時点ですっかり作品にのめり込んでしまいます。

松陰は用心のため「留魂録」を二部作り、一部を「必ず長州人に渡して欲しい。」と沼崎に託します。
そもそも松陰が獄中で「留魂録」を書く事ができたのも牢名主であった、この沼崎のお陰だったようです。
もう一部は、沼崎の働きもあり藩医飯田正伯の手を通じて無事に萩の門下生たちの手に渡りますが、高杉ら門下生が激しく回し読みしたため、一部分の写本が多く残るだけで現本は紛失していました。
その「留魂録」が17年後に再び世に現れたのです。

前半は、沼崎と松陰の獄中での生活が主に描かれています。
萩の野山獄の様子は、ドラマや映画にもよく出てきますが、小伝馬獄の様子は、あまり見たことがなかったのですっかりのめり込みました。

沼崎吉五郎は、婦人切害という濡れ衣で小伝馬牢に投獄、黒船密航未遂の罪で同じく投獄されていた吉田松陰と同部屋となります。
この時に松陰から、様々の話を聞き、すっかり感化されてしまうのです。
その後松陰は、小伝馬牢を出獄し萩で松下村塾を開きますが、安政の大獄に連座し江戸に送られ、再び小伝馬牢に投獄されることになります。
なんとその5年間、沼崎は濡れ衣のまま投獄され続け牢名主として松陰と再会、同部屋となるのです。


この獄中での松陰の言葉は、実にリアルで読んでいるこちらまで松陰の薫陶を受けているように心に染みて涙がこぼれそうになります。
松陰のすごさがよくわかります。
松陰が遺書をしたため、処刑されるまでの描写も引き込まれます。

沼崎は、松陰が処刑されたあと、三宅島流罪となり、その17年間ひたすら松陰との約束を守るべく、島で様々な活躍をしながら、その生活を全うします。
遠島の島という特殊な島の事情や生活も実に興味深く、多くの資料を元に描かれています。
一体、いつになったらご赦免になるのかとハラハラしながら読み続け、ついに冒頭の「留魂録」を届けるシーンと至ります。

あとがきによると、一次資料が少なく、不明なところは創作で補い小説という形で本にしたということであり、著者の長年の研究による情熱のこもった一冊であることがわかります。
沼崎のその後については不明ということでありますが、島に戻って余生を送ったのだと思いたいです。
野村靖(和作)は、沼崎から留魂録を受け取っただけで、引き止めも捜したりもしていません。
もしも、そこで沼崎を引き止めて多くの話を聞くことができていたら、松陰の獄中でのことがもっとわかっていたと思うと残念でなりません。

著者の永冨明郎さんには、他に「武蔵野留魂記=吉田松陰を紀行する」という著書もあります。
これも是非読んでみたいです。
また、著者が参考文献にされている「吉田松陰 留魂録」古川 薫も気になります。

 

 

byいとま放浪記